10期バスツアー日記~輪廻の輪編〜

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スタンドアローン

昼飯を食いすぎてオネムになってしまった俺が車中でウトウトしているうちに、バスは最後の目的地、河口湖ステラシアターに到着しておりました。時刻は確か15時くらいだったと思います。我々は「さあ!お待ちかねのライブです!」と添乗員に言われバスを降ろされましたが、いつライブが始まるのか、それはどれくらい続くのか、会場内の気温はどうなのか、といったような情報は一切与えられませんでした。俺は真冬早朝の河口湖ステラシアターの寒さを痛感した事があるので上着を持っていきましたが、その時点での気温は「まあ、これならライブで動けばなんとかなるかな、日が暮れる前に終われば」という感じでしたので上着を持っていかない人もそれなりに多くいるように見えました。昼下がりの気怠い空気とよく晴れた空を覚えています。ライブがいつ始まるのか分からないので皆さんいそいそと会場に入場しているようでしたが、俺はどうもそういう気分になれず、バスから降りるとひとつ伸びをして、ゆっくりとトイレに行き、一服しながら会場に入っていく人波を見ました。「バスツアー、終わっちゃいやだよぅ!」という駄々をこねる幼児のような気持ち、というワケでもありませんでした。むしろ終わりをしっかり見届けて酒でも飲みに行きたい、と思っていたのですが、どういうワケかあまり会場にすぐに入る気分にならなかったのです。f:id:nakashima777:20171202065034j:image

 意を決してやっと会場内に入るともう既にほとんどの人が入場した後で、皆さん推しカラーのTシャツやバスツアーグッズのパーカーなどを着用してライブが始まるのを待っている状態でした。客席の中盤くらいの自分の席に着き、少し客席を見回した所、なんだか少しいつものライブ会場と違う空気を感じました。このライブは基本的に全員単番なのです。一人一人別々にくじを引いて当たった席で入っているので「友達と連番」が出来ない。もちろん友達と連番する為に席交渉をする、という事も可能ではあるのですが、少なくとも俺が見た限りではそれをしている人はあまり多くないように感じました。我々は一人でこのライブに向き合うのです。10期メンバーが10期メンバーだけで歌う、現役では最後のライブ。半野外会場の寒風に耐えていると、ライブが始まるようでした。

前世の記憶

  1. 青春ど真ん中
  2. 私のでっかい花
  3. 悲しき恋のメロディ
  4. グルグルJUMP
  5. 恋のテレフォンGOAL
  6. 私の時代
  7. 好きな先輩
  8. 青春コレクション
  9. 友
  10. 自信持って 夢を持って 飛び立つから

 

一曲目の青春ど真ん中のイントロが会場に流れた瞬間、前世の記憶がフラッシュバックしました。俺がまだ「ガチ恋おじさん」になってしまう前、ただ無軌道に無職を続けながら「いやー、やっぱ結局モーニング娘。だし910期いいよねー」などと大学時代からの悪友とモーニング娘。オタクに出戻りしはじめていた2012年秋の記憶です。カラフルキャラクターでこの曲を歌っている工藤遥の姿が、地獄の業火に焼かれてトロケ始めた俺の脳の片隅に一片残ったその記憶が、青春ど真ん中のノーテンキなイントロで引きずり出されたのです。私のでっかい花ではこれを歌ったエヴォリューションの時の心を掻き毟られるようなツライ記憶が呼び覚まされました。その後の一曲一曲にも全て「この日ここでこれを歌う理由」みたいなモノが分かりやすく込められているセットリストで、その歌を歌っていた当時の記憶が鮮明にフラッシュバックして来て、さながら走馬灯のようでした。

三曲ほど歌って始まった短いMCでは「この会場は寝起きドッキリやエヴォリューションの最終日で使った会場だ」みたいな事を言っていた記憶があります。その時に「こんな事なら寝起きドッキリでもらったモーニング娘。と書かれた赤いハチマキ持ってくれば良かった。今しか使い所ないのにアレ」と思ったのを覚えています。新春ドッキリの収録の記憶がそこでフラッシュバックしました。その頃にはもう「ガチ恋おじさん」になってしまっていて、隣の席に居た「いろはすが飲めなくなった男」に満面の笑みで手を振る工藤遥さんに対して「何故俺には振ってくれないんだ!何故!」という思いを強烈に感じた事を思い出しました。もう一度同じ場所が使われたエヴォリューションの最終日は「どうせ俺なんか誰にも愛されない期」真っ盛りで、開演前に駐車場でコークハイを飲みまくり記憶を無くすほど飲んで公演中にトイレに何度も行き、挙げ句の果てに会場内の売店で売られていたポップコーンを買って席に戻ってきた、という記憶が戻りました。戻る記憶戻る記憶ろくなもんじゃない。今思い返すと本当にろくなオタクじゃない。今もろくなもんじゃねえけど、あの頃は本当に危険な領域でろくなもんじゃなかった。あんな状態の俺を工藤さんはその異常な優しさでもって辛抱強く相手にして下さいました。今こうしてなんとかあの頃への謝罪の気持ちを感じる事が出来る精神状態にまで回復出来たのは本当にあの異常な優しさのなせる業だと思うのです。あんなオタクなんてあの時あの辺で切り捨てちまえば良かったのに、と今でも思います。まあ、俺が何度切り捨てても立ち上がってくるので諦めただけなのかもしれませんが、しかしそれにしてもなかなか出来る事じゃないですよ。これはもうアイドルがどうこう、というよりあの人の人間性の凄さのような気がします。俺がもし、工藤遥以外のアイドルに恋をしていたら、と思うと身の毛がよだつのです。あの時の俺があのまま突っ走って切り捨てられた先に待っていた破滅を考えると恐怖で身震いします。

天国の住人

俺にはもうまともなライブレポなど書けないのです。当日は脳に直接電極を差し込まれて過去の記憶をリアルな映像でフラッシュバックさせられ続けているような状態で、それでもなんとかステージにいる工藤遥さんを網膜に焼き付けるのに必死で、もう細かい事などなんにも覚えてはいないのです。申し訳ありませんが、他のバスツアーライブレポや、そのうちファンクラブで高値で発売されるであろうバスツアーの映像作品を観て頂くしかありません。とにかく、10期メンバーに少しでも思い入れがあるならば、最高のライブだった事だけは保証致します。

ライブの中盤辺りに、工藤遥さんへのサプライズでバスツアー参加者の中から選ばれた人がステージに上がってメッセージを読む、というコーナーがありました。4人か5人の人物がステージに呼ばれ、メッセージを読みました。前日のバス車内で「メッセージを読みたい方はメッセージを書いて提出して下さい、こちらで代表を選びます」という告知があり、それに立候補した人の中から選ばれたようでした。知り合いの中には超長文のメッセージを書いて落とされ「なんでだよ!」と激昂していた人もいますが、俺はそもそも立候補しませんでした。握手会ですらマトモに話せないのにステージに上がって衆人環視の中工藤遥さんへメッセージを伝えるなんて事になったらリアルに心臓が口から飛び出て死ぬか、酒を飲みすぎて急性アルコール中毒で死ぬかする未来しか見えなかったからです。そういうワケで壇上に上がった人達は、もう既に「立候補している」という時点で尊敬の対象なのですが、このメッセージを読んだ方々がどれも非常に「良い」メッセージで「ああ、この人達は天国の住人なんだな」と思いました。俺のような地獄の鬼とお友達の人間とは何か根本的に違うのではないか、と思いました。地獄の住人的には「ホントかよ!全員事務所が仕込んだ劇団員じゃねぇのか!」というくらいまっすぐで「良い」メッセージばかりだったのです。もちろん、事務所側がメッセージを読んで選んで前日練習までしていたようですので、ある程度は「良い」メッセージを選別しているのですが、それにしても全員「良」かった。「とりあえず練習まではやっといて本番で急に打ち合わせに一切ないメッセージを言う」という事も余裕で出来るはずなのです。壇上にさえ上がってしまえばほぼ検閲は意味をなさないのではないか、と俺は実際に見るまでは本当にそう思っていました。しかし実際に読まれたメッセージには「苦悩」も「苦痛」も「不安」も、俺が工藤遥に向き合う時に感じる負の感情の一切が無く、ただ「希望」や「応援」や「感謝」が素直に書かれ、それをみなさんが堂々と読み上げて工藤遥に伝えていたのです。もちろん、ネガティブな感情をあの場で工藤遥に伝える事に何の意味も無いし、俺がもしメッセージを読まなければならなくなっても、出来るだけネガティブな感情は排除した文章を書くとは思いますが、それにしてもあそこまでのモノが書けるのは普段から負の感情が一切ない、もしくは非常に少ないとしか思えないな、と俺は感じたのです。俺には絶対に書けません。ああいう文章を真似して書けば書くのは書けるのでしょうが、それを読み上げてしまうと、やっぱりどこか違うものになると思います。俺はああいう「良い」「正しい」オタクになれない事にずっとコンプレックスを抱えていました。サプライズメッセージを聞く河口湖ステラシアターを見渡すと、この会場に自分がひとりぼっちになったような気がしました。客席のほうぼうからすすり泣く声が聞こえ、ステージ上の工藤遥さんも泣いていましたが、俺は乾いた目でどこか遠くを見つめていました。サイド的にメッセージを読んでいる間ずっと工藤遥さんの後頭部が見える位置だったのもあるかもしれません。俺は工藤遥のつむじを乾いた目見つめ続けました。

地獄の先

気が付くとライブは終わっていました。ラストの自信持って 夢を持って 飛び立つからは10期メンバーのオーディションの時の最終課題曲で、これはパフォーマンスとしても非常に良かったです。オーディションの時の映像と見比べる、みたいな楽しみ方もあるし、単純に曲自体が高橋愛の卒業ソングなので歌詞の内容もそういう感じだし、何よりメンバーの感情がガツンと出ていて、人間の感情の大方の部分を失くしている俺ですら「あら、いいですね」と思う良さがありました。ライブが終わるとお見送り握手会があるようでした。握手会の準備をしている間、日が暮れて寒風吹きすさぶ客席で我々は待機させられました。これが本当に寒かった。Tシャツの上にパーカーと上着を着ているデブである俺でも「ちょっとこれは本当に寒いな」と思うほどの寒さでした。Tシャツ一枚の人はもとより、Tシャツの上にパーカーを羽織っているだけ、みたいな人もかなりツラかったと思います。「冬山に軽装で来ちゃった人」「フジロックにTシャツ一枚で来ちゃった人」みたいな感じでブルブル震えながら握手待ちをする客席が印象に残っています。

俺のいたブロックは握手が比較的早く出来るゾーンだったので列に並びました。例によって例のごとく握手で何を言ったらいいのか全然分からなかったので「楽しかったです、ありがとうございます」これだ、これで行こう、と思いました。これで行ったのは良いのですが、俺が思っていたより握手の時間が長かったので変な空白の時間が全員と出来てしまい、全体的にツライ仕上がりになってしまいました。飯窪さんは「楽しかったです、ありがとうございます」と言ったらサムズアップしてニコリとしてくれたのですが、そこから俺が何も言わなかったせいで2秒くらいサムズアップしてニコリとしている飯窪さんの顔を無言で眺める謎の時間が出来てしまいました。その次が確か石田亜佑美さんで、石田さんにも同じセリフを言ったら「本当ですか?楽しかった?本当に?」と何故か俺が楽しかった事を疑われているようだったのですが俺は無言で小さく頷いただけだったのでもしかしたら楽しくなかったと思われたかもしれません。石田さん、俺めちゃめちゃ楽しかったです。その次の佐藤優樹さんはとにかく寒そうにしていたのですが、同じセリフを言ったところ小さく頷いてポーンと手を投げられたので「うむ!」と思いました。工藤遥さんとは全く内容の無い握手をしました。

 

とにかく寒さが凄かったのでそのままダッシュでバスに戻りバスの暖房で暖まりました。文明すげーーー!と思いました。すぐに酒を飲みたかったのですが、あいにくこの日は一日酒が補給できる機会が無かったので切らしてしまっていました。握手を全員が終えるまであと30分以上はかかりそうだったので、近所に酒が買える場所がないか少し歩いて探して見たのですが辺りには本当に何もなく、自販機で温かいコーヒーを買って喫煙所へ行きました。喫煙所は握手を終えて出てくる人達の列に近くだったので、出て来る人たちをボーッと見ながらタバコを吸いました。俺が握手した時は全然泣いていなかった工藤さんでしたが、後半はボロ泣きしていたらしく、握手から出てくる人たちも特に若い女の人は泣いている人が多かったように思います。結局全員が握手し終わったのは予想通り30分以上後で、俺はバスでボーっとしていたのですが、結局涙は出て来ませんでした。バスツアーが終わってもまだイベントが残っていたし、それにまだまだ、終わるという実感が無かったからだと思います。もしくは涙腺が壊れていて涙を分泌できなくなっているのかもしれません。帰りのバスでは前日に撮った写真が配られました。「家族写真」を見つめる俺の顔は「虹村父みたい」だと形容されました。
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蟪坝ぎ蟪

11/9の話はこれで終わりです。現在、バスツアー30日目の世界に俺は生きています。永遠に続くと思っていたバスツアーもブログを書き終えてしまう事で一区切りつこうとしています。俺は地獄から這い出して来世に向かわなければならないようです。まだまだ到底この輪廻から解脱出来そうにはないのです。バスツアーが終わってからの30日間にも「最後の個別握手会」や「最後のツアーホールラスト」などのイベントがあったのですが、結局俺はバスツアーのライブ中に脳に電極を刺されながら感じた工藤遥さんへの「謝罪と感謝」を繰り返し思うのみでした。

最後の個別握手会、泣いている工藤さんを見て言おうと思っていた無難なセリフが飛んだ俺から自然と出て来た言葉は「この数年、色々とご迷惑をおかけしたと思うんですけど、なんか、すんませんでした」という謝罪の言葉でした。これが自然に出て来たのは自分でもびっくりしましたが、バスツアー日記を書いてみたらある程度必然で出て来たのかなあ、と思いました。ホールラストでのMCで工藤遥さんは「皆さんも幸せになって下さい。頑張ってください。私も頑張ります」と言いました。幸せにならなければならないと思いました。きっと「最後の全員握手」も「最後のソロイベント」も、そして武道館の「アイドル工藤遥の最後」も、それを思うのだと思います。

孤独で寂しく愛がない生活を送っていた俺に、愛を教えて下さいました。はじめて見るそれの扱いが分からなくて戸惑い、困惑し、絶望してしまいました。人に優しくした経験も、優しくされた経験も乏しかった俺は、工藤さんの優しさを理解するまでにかなり時間がかかってしまいました。でもなんとかギリギリ、本当にギリギリ間に合いました。俺はこの世界にある「優しさ」をやっと信じられるようになりました。まだ半信半疑ではありますが。孤独なおじさんが孤独だからといってふさぎこんでいたらますます孤独になるだけなのです。孤独になるには色々な要因があるし、自分ではどうしようもないものもあるだろうし理不尽な事だってあると思います。人それぞれ理由があって孤独になっていると思うので、誰にでも通用する解決策は無いと思いますが、でも、確かな事は孤独だ孤独だと叫んでいてももっと孤独になるだけだ、という事です。すぐには変われないし、もしかしたら一生、本当には変われないかもしれないけれど、それでも「いつか工藤遥みたいな優しい人間になりたいな」と今ここで思えた事で、今後の人生が確実に少し変わるような気がしています。工藤遥さんがこれを天然でやったのか、あるいはある程度彼女なりの考えがあってやったのか、それとも、全て俺の勘違いで本当はそんな事工藤遥さんは微塵も思ってない、俺にだけ見えた幻なのか、どれなのかは少なくとも俺には確かめる事が出来ないのですが、しかし、そのどれであるのかはあまり関係ないと思うのです。俺は「俺が優しい人間になりたいな、と思ったきっかけが工藤遥さんだった」という事だけ胸に刻みつけておけばそれでいいのではないかと思うのです。

 

というワケで俺は最終的に工藤遥そのものになります!今は転生したばっかのよちよち歩きの赤ん坊なのですが、ここから驚異的な優しさの伸びを見せていきたいと思います!よろしくな!とりあえず乳児には母乳が必要なので吸わせてくれる方募集してます!ママーーー!!

10期バスツアー日記~地獄の底編~

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後 

 地獄の鬼

バスの席に着き「はー楽しかったなぁ…」と思いながら甲類カップに入れたお茶割りを飲むと生き返ったような心地になりました。先程までの夢を反芻しているとバスが走り出しましたが、どうも様子がおかしい。明らかに来た時とは別の方へ向かっているし、景色がどんどん森に近付いていきました。俺は思いましたね「やっと来たのか」と。やっと俺を迎えに地獄の鬼達がやって来たのです。バスはそのまま地獄へ向かい俺はそこで責め苦を受けるのだと。お茶割りを味わうのも最後かもしれないと思い、グっと口一杯に頬張りました。バスはホテルのような建物の前で止まりました。どうやらサプライズで10期メンバーによるお見送りがあるようでした。バスの両サイドに10期メンバーの皆さんが現れて手を振っていました。俺はなんとなく今生の別れ感があっていいな、と思いました。死地に赴く兵士のような顔をして手を振り替えそうと思ったのですが、「男」が今度は「お見送り会に異常な執念を燃やす男」になってしまい「うおーー!遥ーー!」などと言いながら窓からハコ乗りの体勢でブンブン手を振っていたので少し笑ってしまいました。この時にはバスにメンバーの方が乗り込んでくるというのもあったのですが、我々のバスには飯窪春菜さんが乗り込んできました。今日、飯窪さんに縁があるな、と思いました。

10期メンバーが見られた事で熱狂するバスはそのまま出発し、またキッカリ50分走りました。旅館に到着した時には既に22時くらいになっていました。流石に全体的にお疲れの方が多く、ズルズルとゾンビの列のように皆さん各々の部屋に帰っていくのが見えました。しかし、我々はここからが本番です。遂に何に気兼ねする事なくお酒が飲める時間がやって来たのです。まあ既に結構飲んでいましたが、しかしまだまだ宵の口、我々はコンビニに向かい大量の安アルコールと酒の肴を購入しました。手のひらに食い込むほど重いビニール袋をニコニコ笑顔で持ち帰り、その場で開けた酒を飲みながら「いやー!バスツアー、最高だな!」と道すがら言い続けました。旅館に戻ってすぐに部屋着に着替え「乾杯!バスツアー最高!」の掛け声と共に地獄の宴が始まりました。疲れも眠気も酒と夢で掻き消えてしまい、どんどん楽しくなっていきました。少し飲んでから温泉に入り、そこからまた飲み続けました。風呂帰りに廊下で出会ったドラゴンタトゥーの女が「若い女子ばっかりの部屋で酒を飲むのがツライ」と参加を表明して来たので大歓迎しました。我々の飲み会はただただ下らない事を言いながら酒を飲み続ける「酒至上主義」とでも言うべき、ある意味健全なモノなので女子が一人混じっても何の問題もありません。身体、主に肝臓周りの臓器には全く健全なものではありませんが。部屋は角部屋で他の部屋より広い作りのようでした。非常に宴会向きの部屋で快適に過ごせました。途中、勢いがついたので知り合いの女性の許可を得て、近くの女子の部屋に行ったりしたのですが、我々はベロンベロンに酔っ払っており、そして女子の部屋はベロンベロンに酔っ払っていても分かるほどの帰れオーラで充満していたので乾杯だけして即退散したりしました。高校生の頃の俺よ!安心しろ!結局女子の部屋に行っててもこうなってたぞ!お前は正しかった!何が修学旅行リベンジじゃ!今が青春ど真ん中!花の30代!毎日我武者羅に生きてるんだな!リベンジする必要なんてサラサラねぇんだよ!見ろ!この楽しそうな顔を!

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この写真の顔が物語っています。5ショットの表情より、こちらの方が断然遺影向きです。俺は地獄でこそ輝く笑顔で笑う人間なのだと思います。来世は地獄の鬼に生まれたい。結局宴は朝まで続き、俺が就寝したのは朝4時近くだったと思います。翌日は「朝8時過ぎにはバスに乗って下さい」という指示が出されていました。

地獄の部屋と空えずき

朝6時過ぎ、宴終了から2時間ほどで目が覚めてしまいました。二日酔いの症状はありませんでした。何故ならまだ酔っていたからです。二日酔いになどなるはずがありませんでした。一日酔いです。吐き気やめまい等も無く、体感的には良い目覚めでした。辺りを見回すと酒やペットボトル、つまみの空き袋などが散乱し、さながら地獄のような部屋になっていました。

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 ちなみに来た時の部屋はコレです。
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 そこから結局3度寝しちゃって急いで支度してすっぴん飛び出しバスに乗ろうかとも思ったのですが、そこは花の30代、一度目が覚めるともう2度寝も出来なくなってしまいました。身体がおじいちゃんに近付いてきているのです。仕方がないのでジジイらしく朝風呂にでも入ることにしました。この旅館には風呂が二箇所あり、名物ワイン風呂と露天風呂がついた大浴場があるようでした。前日の夜はワイン風呂に入ったので大浴場の方へ、キッチリ露天風呂にも入って、絶望するほど青い空を見上げました。浴室で歯を磨くとえげつない空嘔が出ましたが、幸い嘔吐には至りませんでした。こうやって人間の身体は死に近付いていくんだなあ、と実感しました。その後はせっかくなので朝食会場に行くことにしましたが、この日このホテルには他のツアーのお客さんもいたようで、朝食バイキング会場には行列が出来ていました。朝7時前からオタクとジジイとババアの行列に並ぶの嫌だな、と思ったのですがよく考えたら俺は「オタクのジジイ」なので並びました。おかゆと味噌汁とデザートのぶどうしか食べられませんでした。メシを食って部屋に帰ると同室のおじさん達もノソノソと起き上がりはじめており、朝食の時間に寝坊する事を見越して買っておいたパンなどをモソモソと食していました。俺は椅子に腰掛けてタバコを吸いながら「…朝八時出発、早いよな…」と言いました。同室のおじさんは無言でモソモソとパンを食べ続けていました。

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天は二物を与えず

あの地獄のような部屋からどのように這い出してバスに乗ったのかイマイチ記憶が定かで無いのですが、とにかく俺はいつの間にかバスに乗っており、気が付くと目的地に到着しておりました。この日は「山梨観光」というざっくりしたスケジュールが午後まで組まれているようでした。「ジャム作り体験」と「猿回しを見る」という2つのイベントが用意され、いくつかに分けられた号車ごとにそれぞれのイベントをこなす、というようなものでした。メンバーもそれぞれの場所に二人配置されており、誰がいるかは着いてからのお楽しみです、みたいな趣向だったと思います。確かそんなような事を行きのバス車内で聞いたような気がします。頭がボーっとしていたのであまり覚えていないのですが。我々は最初は「ジャム作り体験」をする事になりました。

 
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国道沿いによくある「ぶどう狩りできます」みたいな施設に大量のバスツアーの民が集められ砂糖とぶどうを煮詰めるようでした。施設のバーベキュー場のような所に歩いていくと入り口に佐藤優樹さんと石田亜佑美さんがおられました。石田亜佑美さんに「おはようございます」と寝ぼけた頭で言った所「眠そうw」と言われました。基本的に俺は石田亜佑美さんには語尾に芝を付けられて対応をされています。批判や文句では無いです。むしろそういう対応が一番好きです。ありがとうございます。ぶどうジャムを作る事になり、ぶどうジャム作りが大得意な婆さんから説明を受けました。とりあえず最初はぶどうから種を取り除く作業のようでした。「種無しぶどうを用意しろよ!」などと悪態をつきながら開始したその作業は、ぶどうを半分に割り、その中に5つほど入っている種を取り外し器に出し、種無しにしたモノを鍋に放り込んでいく、という意外と面倒なものでした。「何故我々は朝もはよからぶどうを割り続けているんだ…」そんなムードがテーブル全体に漂いましたが、どうやら俺は「ぶどうから種を外して鍋に放り込む作業」の才能を持って生まれたようで平均的な人の倍以上の早さで作業を終了させる事が出来ました。俺の天職、こんな所にあったのか。俺はぶどうの種を分離させる為にこの世に生を受けたのだ。これの為に今まで就職せずに来たのでしょう。運命です。俺はこれを仕事にする!世界を取るぜ!と思ったのですが、施設内のどこにもバイト募集のチラシは無かったし、仮にあったとしても「ぶどうの種を外し続ける」という仕事内容では無いでしょうから、俺は就職を諦める事にしました。天は二物を与えずと申します、俺に与えられた「ブツ」は「ぶどうの種を外す」という事なので、もうきっと他の才能は無いと思います。このブログを読んで「ぶどうの種が早く外せる人材を求めていたんだ!」という方がもしいらっしゃいましたらご連絡下さい。工藤遥さんが卒業したら働きます。

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ぶどうの種を外すのが異常に早くて自分のノルマ分を早々に達成してしまったため、俺はトイレに行って一服する事にしました。佐藤優樹さんと石田亜佑美さんが各テーブルを回ってレモン汁を入れたりおたまでかき混ぜたりしていたようでしたが、なにしろ席数が多いので我々のテーブルまではまだ来ないだろうと判断した為です。なかなか古びた趣のある施設だったので施設内を見学しながらトイレまで歩きました。バーベキュー場のような場所も併設してあり、食材購入でお手軽にバーベキュー風の焼肉を楽しめるようでした。トイレの前の喫煙所で一服してテーブルに戻る時に、まだ開店前で誰も居ない売店を通りがかった所「ビール」の表示が見えたので俺は反射的に「あっ、すいません、これって買えるんですか?」と近くにいた施設スタッフの高齢の女性に声をかけてしまいました。「あー、はいはい、今開けます」と言われてしまい、引っ込みがつかなくなったのですが、よく考えたら流石にここでビールを飲むのはマズイのではないか、と俺に一欠片残った人間の心が呟いたので「あ、じゃあジンジャーエールで」と言いました。5年ぶりくらいにジンジャーエールを購入してしまいました。ライブハウスのドリンクチケットでもらえるようなカップにお婆ちゃんがジンジャーエールを注いでくれました。いつの間にか近くに居た同室のおじさんもコーラを購入していました。おじさん二人がコーラとジンジャーエールのプラカップを持ってジャム作りの現場にノソノソと戻りました。基本的にこのジャム作りはぶどうの種を取ってしまえば後は適当にかき混ぜながら煮詰まるのを待つだけなので特にもうやる事は無く、俺はテーブルを忙しそうに回る佐藤優樹さんや石田亜佑美さんを見ていました。この頃になると感覚が麻痺して来ていて、そこら辺を10期メンバーが歩いている事自体には特に驚かなくなっていました。これでビールでも飲めたら最高なんだけどな、やっぱりさっきのババアから買っとけば良かった、と思いました。しばらくそうやってグツグツと煮込まれていくぶどうを見ていると、我々のテーブルに石田亜佑美さんがやって来ました。石田亜佑美さんは持っていたおたまで鍋をグリグリかき混ぜ「(私がかき混ぜたので)これで美味しくなる」みたいな事を言っていました。俺は「うむ」と心の中で思いながら微笑をたたえて石田亜佑美さんを見ていました。すると、先程一緒にコーラを買った同室のおじさんが「それ何飲んでんの?」と石田亜佑美さんに聞かれておりました。何かを飲んでいるオタクが一人も居なかったので気になったのだと思います。確かにあの場を離れて飲み物買っているヤツはそんなに居ないと思います。聞かれたおじさんは「コーラ」とぶっきらぼうに答えていました。俺の友人のおじさんは全員メンタルが小学生なので可愛い女の子に声をかけられるとかっこつけてぶっきらぼうになってしまうのです。石田さんは「え、いいな」と答えていました。それを見ていたまた別のおじさんが「石田さんはコーラ好きですか?!石田さんはコーラ好きですか!?」と聞いていました。俺の友人のおじさんはメンタルが小学生なのでたまに小学生レベルのバカになってしまうのです。「石田さんはコーラ…あんまり…骨が溶けるから…」と答えていました。昭和か!と思ったので俺は「じゃあジンジャーエールは?」と聞きました。「ジンジャーエールは好き、うわ、それも何飲んでるの?」と言われたので「ジンジャーエール」とぶっきらぼうに答えました。そう、俺ももちろんメンタルが小学生だったのです。よく分からない空気に包まれた我々のテーブルに耐えかねたのか、はたまた単純に時間が無かったのか、石田さんはササっと鍋をかき混ぜて次のテーブルへ行きました。

佐藤優樹さんが来た時には先に佐藤優樹さんが回って来ていた隣のテーブルにいた「ゴリラ」がこちらのテーブルに飛び移ってきてゴリラ顔で鍋をかき混ぜ続ける、という行為に走っていたので佐藤優樹さんが「ん…?ここ一回来た?」と言ってしまっていました。可愛かったです。「違うんだよ!このゴリラがそこから移動して来たんだよ!」と言ったら「あー!オイー!」みたいに言っていました。結局佐藤優樹さんはその後すぐにスーっとどこかへ行ってしまったので、我々のテーブルの佐藤優樹分は全て「ゴリラ」に持って行かれてしまいました。「ゴリラ」許すまじ。俺の文章では全然伝わっていないような気がして不安なのですが、ジャム作りは非常に楽しいイベントでした。佐藤優樹さんはキャーキャー楽しそうにしているし石田亜佑美さんも面白いし、その二人が普通にそこら辺歩いてるのも「そう、これだよ、コレがバスツアーって感じ、する」という気分になれて良かったです。

そうこうしている内にタイムリミットが近付いてきていたようで、というかおそらく少し押してたような感じで、まだ全然煮詰まっていない液体を「じゃあもう瓶に詰めちゃって下さい!大丈夫なんで!詰めちゃって大丈夫なんで!」とオトナに適当に指示されながら我々はぶどうの煮汁を瓶に詰め、来た時と同様、二人に出口で見送られながらバスへと戻ったのです、懐にホカホカのぶどうジャムを入れて。

おもてたんと違う

ホカホカの心とジャムを懐に抱えてバスはまた走り出しました。次の目的地まではまた小一時間走るようでした。次の猿回しの会場には工藤遥さんと飯窪春菜さんがいるという事で多少の緊張が走りました。そして寝不足による膀胱の弱りでまたお小水したくなったらどうしようという緊張も同時に走っていました。猿回し会場に着いた時にはお小水感がギリギリ目一杯だったのですが、バスが停まった駐車場にはトイレが無く、俺は仕方なく会場入り口のトイレに小走りで向かいました。毎度毎度新たな場所に着くとトイレに駆け込み入場に遅れました。猿回しの会場でも少し遅れて焦りながら入場したのですが、途中で列が二手に分かれており、明らかに混んでいる入場口と空いている入場口がありました。俺は遅れて焦っていたので当然空いている入場口を選んだのですが、案の定そこには飯窪春菜さんがおり、お出迎えをしていました。混んでいる列の方の入り口には工藤遥さんがいました。なるほど!そういう事だったのね!と思いましたが、俺は別に飯窪さんも好きだし、工藤遥さんにお出迎えされた所で俺はどうせ顔も見れずに下を向いて「チャッス」としか言えないのでそのまま入場しました。

半円形のホールに広い舞台のある建物に事前に渡された番号で座るようでした。俺は自分の列から離れた所に居たため「すいません、すいません」と言いながらヌルヌルと自分の席を目指しました。「ジャム作りは凄く楽しかったから猿回しも楽しみだなあ、工藤さんに猿として回されたいなあ」などと思いながら楽しみに待ちました。工藤遥さんと飯窪春菜さんが舞台に出て来て猿回しをする人達も二人ほど出て来ました。そして挨拶を終えると工藤遥さんと飯窪春菜さんは舞台から降り、最前列に座りました。「えっ!?おもてたんと違う!」と思いました。その後はごく普通の猿回しショーを結構な長尺で見ました。途中工藤さんや飯窪さんが少し舞台に上がる事もありましたが、基本的には普通に猿回しを見ました。いやね、別に欧米人みたいに「猿はそんな事したがってないだろ!動物虐待だ!」などと本気で言う気は無いですし、小猿可愛かったですけどね、でもですね、猿回し見たかったら自分で猿回し見に行くじゃないですか。俺は工藤遥さんが見たかったんですよ!出来れば工藤遥さんに猿として回されたかったんですよ!中島回しして欲しかったんですよ!俺ずっと猿回しショーやってる時最前列の工藤遥が猿回し見てる後頭部見てましたからね!まあ!それはそれで!なんか良かったけど!「スクールカースト上位の女の子を好きになった冴えない中学生男子が授業中に後ろの席から見つめてる」みたいな気分になれて楽しかったです!おもてたんとは違うけど!

あ、会場の周りの景色が綺麗でした。

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幸せの丘ありあんす

幸せの丘ありあんすという施設を知っているでしょうか?俺は知りません。実際に行った今でもあれがなんだったのかよく分からないのです。
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 俺達はその「幸せの丘ありあんす」で昼食をとる事になっているようでした。猿回しの会場から1時間ほどバスに乗っていました。2日間朝から晩まで、どこに行くにもキッカリ1時間バスに乗っていると感覚がおかしくなりそうでした。ありあんすエントランスの謎オブジェや田舎の山中に急に建つ宗教施設めいた大きな建物にニヤニヤしながら、言われるがままに屋内に入るとそこには「石原軍団かよ!」というくらい大きな鍋一杯のほうとうと謎の一人用鍋、ご飯、ボウルに盛られた大量のサラダなどが用意されていました。特になんの説明も無くヌルっと適当に席に座らされ、何故か不機嫌なおばさんのパートがほうとうを小分けにしている様を数分眺めさせられました。とはいえ、ここまで補給はジャム作りの時につまみ食いしたぶどうのみ、自販機でジュースを買うのも躊躇われるほどの強行日程で行軍してきた我々は腹が減っていました。はじまりの合図も終わりの合図もありませんでしたが皆各々の判断で食事を始めているようでした。俺は昨日の夜から野菜不足を感じていたのでサラダを三杯おかわりしました。昨日の夜も食ったほうとうは二杯に止めました。メシを食い終わったら一服するかと思っていたのですが、唯一案内されていたバスの出発時間まで20分ほどしか残っていませんでした。本当にゆっくりする時間が全然ない日程でした。それを「予定が詰まっていてお得で良い」という方がいるのも分かりますが、なにぶん普段旅行する時はゆるゆるの予定を立てて適当に酒飲んで風呂入ったり行きたくなった所へ行く、みたいなのしかやった事がないため、非常に窮屈に思えました。

仕方がないのでペットボトルのお茶を買って、少し散歩しましたが、本当にぶどう畑と道以外に何もなく、途方に暮れた我々は同じように途方に暮れている一人ヲタのおじさんを眺めながら遠い目で山々を眺めました。バスツアーの次の目的地はコンサート会場。三途の川を渡るバスツアーもそろそろ終焉が近いようでした。カラっと晴れた秋晴れの空が、何故かその日は少し悲しく見えたのです。一人ヲタのおじさんも心なしか悲しそうな顔をしていました。<つづけ>

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 10期バスツアー日記~三途の遊園地編~

前 10期バスツアー日記~賽の河原編~ - 🍣

後 10期バスツアー日記~地獄の底編~ - 🍣

FUJIYAMA

「富士急ハイランドに異常な執念を燃やす男(以下単に「男」と表記する)」に先導されて俺と同室のおじさん3人はFUJIYAMAの前までやって来ました。まだ他のオタクはあまり園内に入っておらず、かなり最初の方に着いたようでした。この夜の富士急イベントをざっくり説明しますと「10期メンバーがそれぞれ決められたタイムスケジュールで色んな場所に現れるのでお好みのメンバーやアトラクションを楽しんでね!」というモノでした。なんだそれは、夢か。夢なんだけど。我々が着いた時、FUJIYAMAの入り口前には飯窪春菜さんがポツンと一人で立っており、その周りにスタッフやおそらくDVD用の映像カメラマンが3人ほど居ました。他の場所で待機予定の石田亜佑美さんも場所移動中でFUJIYAMAの前におり少し話せました。夜の遊園地に普通に10期メンバーがおり、不思議な気持ちになりましたが、あまりに不思議過ぎてちょっと現実感が無くなってしまい逆に普通に話すことが出来ました。夢を夢だと認識出来たのでなんでも出来たのです。明晰夢。「男」は「ちょっと待って下さい、この状況めちゃめちゃオイシイじゃないですか!」などと言いながら一直線にFUJIYAMAに乗りに行ったので俺も続きました。飯窪春菜さんは「え!?最初からFUJIYAMA乗るなんてすごくないですかー?えー、すごーい」などと言っていたような気がします。石田亜佑美さんとは何を話したのか忘れましたが一言二言何かを話した覚えがあります。なにぶん夢なので細部をあまり覚えていません。入り口で飯窪春菜さんに見送られた後はごく普通にFUJIYAMAに乗りました。他のバスツアー参加者の方々は目当てのメンバーを追いかけるスタイルの方が多い印象で「絶叫マシーンを全種類制覇しながら誰でもいいからメンバーと喋る」という「男」のような目標を持った人間や「特に何も考えていない」俺のような人間は少ないようでした。10期メンバーのバスツアーなので当たり前と言えば当たり前なのですが。普段は行列が出来るFUJIYAMAにも人はあまり来ず非常に快適に乗り込む事が出来ました。ハイタッチで係員に見送られてすぐに下を歩くバスツアーの民達が見えたのでそちらに向かって「いえーーい!」などと言いました。よく分からないのですがテンションが上がってきていたのです。ジリジリと最高点へ向かうFUJIYAMAからはただ光るアトラクションや駐車場が見えるだけで、景色は明るい内の方が綺麗なようでした。しかし、そんな事は関係ありません。俺は暗闇に向かって「いえーーい!ハルちゃーーん!俺だーー!」と叫びました。全員10期バスツアーに来た人なのでFUJIYAMA全体がなんとなく「ニヤリ」としていました。後ろに乗っていた同室の酔っぱらいは最高点付近に近付くにつれて「いやー!怖いなー!これ!思ったより怖くなってきてるな!俺!怖くなっちゃって来てる感じだなー!」と笑いながら言い、横に座った「男」は「フゥー!」と言っていました。FUJIYAMAはとにかく長かったです。「オイ!この道さっきも通ったんじゃないの!?いえーーーい!」と思わず絶叫するほどグルングルン同じような仕掛けが長時間続きました。楽しかったです。

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高飛車

 FUJIYAMAから降りると入り口の飯窪さんの周りに数人おり、飯窪さんと会話しているようでした。俺は「FUJIYAMA最高でしたー!」みたいな事を言ってスッと通り過ぎました。「男」は「さあ!次行きましょう!次は高飛車に工藤ちゃん来るから!これ!」と言いながらズンズン進んでいきました。「男」の言葉を聞いてそういえばまだ工藤遥さんを遊園地で見ていない事を思い出したので俺は少し寄り道をして工藤遥さんが最初に行っていたトークショーを見ました。「トークショーを見るよりまずはFUJIYAMAに乗った方が効率いいですよ!」という「男」の提案でそうしたのですが、やはり工藤遥ヲタの多くはこちらの方を見に来ていたようでかなりの人だかりが出来ていました。遠くの方で工藤遥さんが話しているのが少しだけ見えました。少しだけ見えて満足したので高飛車に向かいました。高飛車の前には既に列が出来ていましたが、どうやら乗り物の列では無く「工藤遥さんが身長検査ゾーンに来たら優先的に行ける列」みたいなものが形成されているようでした。工藤遥さんがトークショーを終えてこちらに来るまでもうそんなに時間が無かったので我々はそこで待つ事にしました。高飛車自体には乗れたので、知り合いの「ゴリラに似た絶叫マシーン大好きおじさん(以下単に「ゴリラ」と表記する)」は俺が工藤遥を待っている間に3回くらい高飛車に乗車していました。

しばらく列で待っていると通路の向こうから人のカタマリが移動してくるのが見えました。トークショーを終えた工藤遥さんとそれを追う一団がこちらへ向かって来て、そして中途半端な所で止まりました。工藤遥さんはどこかで買ったアイスクリームを食べていました。どこからか「かわいーー!」という絶叫が聞こえました。工藤遥さんは「いや、アイス食べてるだけだよ!?」と言っておられて、そのセリフにより更に可愛くなってしまっていました。俺は口をグッと真一文字に結び「ぐぬぬ」みたいな顔で可愛さに耐えていました。可愛さというものは我々ガチ恋おじさんにとって「耐えるモノ」なのです。隣に居た「男」は「あいつアイスクリームなんか食ってないで早くアトラクションに来いよ!次のアトラクションに並ばなきゃなんねーんだよ!遊びじゃねぇんだよ!」みたいな事を言っていました。一応「男」も工藤遥ヲタなのですが、そろそろ何を言っているのか分からなくなってきていました。「上野動物園のパンダを見る人々とパンダ」みたいになっていた工藤遥さんはしばらくしてやっと高飛車の入り口に立ち、我々は見送られながら高飛車に入場しました。この時に何かを俺は工藤遥さんに向かって発声したような気がするのですが、あまりよく覚えていません。そんなに大した事は言ってないと思います。なんか「チャッス」みたいなそういうヤツだったと思います。当然工藤遥さんも会釈をしただけだったような覚えがあります。…明晰夢じゃなかったのかよ!夢の中なんだから!ほら!もっと!なんかさあ!と自分でも思わない事はないですが、しかし、夢は記憶の整理なのだと聞いたことがあります。普段こんな感じ過ぎるので夢の中ですらこんな感じだったんだと思います。高飛車は90度直角に登る部分が多少グっと来ただけでその他は絶叫が苦手な人でも乗れるようなソフトな作りで乗りやすかったです。90度登ってる時に隣に座っていた「工藤遥が居たので今まで敬遠していた絶叫マシーンにホイホイはじめて乗った男」が「嫌だ!降りたい!帰りたい!」と言っていたのでゲラゲラ笑いました。楽しかったです。


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マッドマウス

高飛車から「いやー!楽しかったー!」と大はしゃぎで降りてきた我々は高飛車の入り口にまだいる工藤さんを少し見ました。どうやらもう高飛車に乗りたい人が居なくなったようで(バスツアー参加者の絶叫マシーンが嫌いな方の割合がそこそこ高かった印象でした)、ただ工藤遥の周りにいるだけになった人々に向けて「いや!乗ろうよ!ねぇ!乗ろ!」と促しているようでした。可愛かったです。ちなみに工藤遥さんは絶叫マシーンが大好きなのです。俺は全然乗っても良かったのですが、どうせ「チャッス」とか言ってもう一度マシーンにグリングリンされるだけだし、「男」がええじゃないかに並びに行くようだったのでそちらに着いていく事にしました。ええじゃないかにも乗りたかったし石田亜佑美さんも見たかったからです。あと、工藤遥さんの可愛さに耐えきれなくなりそうだったからです。複雑なおじさん心を抱えて俺はええじゃないかを目指しましたが、ええじゃないかは構造上乗るまでに時間がかかるようで行列が出来ているという情報を途中で得ました。ええじゃないかは前に来た時乗ったし、行列に並ぶのが何より嫌いなので俺は適当な場所でボーっとする事にしました。「バルーンアート」という謎の催し物が行われていたステージ付近に喫煙所を見つけたのでそこでボーっとする事にしました。バルーンアートのステージにはこの後工藤遥さんが来るようで場所取りをしている工藤ヲタの姿も散見されましたが、俺はさして「良い席」みたいなものに興味が無いので喫煙所でボーっとしました。ボーっとしていると工藤遥さんがバルーンアートステージ裏の「マッドマウス」というANTHRAXの曲名っぽい乗り物に乗っているようだという激アツ情報が飛び込んで来ました。俺はマッドマウスに一目散に歩いていきました。マネージャーを隣に乗せて映像を撮られながらスタート地点に戻ってくる工藤遥さんが見れました。俺はそれをニヤニヤと見つめ、バルーンアートステージに行く工藤遥さんの後ろ姿見て、また喫煙所に帰り虚空を見つめ「バスツアー、最高だな…」と呟きました。

バルーンアートステージで何をやっていたのかよく分からないのですが、バルーンアートを工藤遥がやっている最中は当然のことならマッドマウスがガラ空きだったので、俺はバルーンアートをしている工藤遥の背後でアトラクションに乗ることにしました。知り合いのおじさんとぎゅうぎゅう詰めで小さなコースターに乗り「痛い痛い痛い!曲がる時ガンッ!ってなって腰が痛い!」と絶叫しました。実際本当に痛かったです。FUJIYAMAより痛かったです。富士急ハイランド最痛マシーン、マッドマウス。かなり腰に負担がかかりました。マッドマウス終わりで喫煙所にマッタリしに行こうとしていると佐藤優樹さんがフラフラとやって来てマッドマウスに興味を示していました。乗ろうとして出口から入ろうとしていたので「あ、そこ出口っすよ」と普通に言ったら「・・・クッ」となってイー!みたいな顔を向けて来ました。可愛かったです。俺達が乗った後、工藤遥さんと佐藤優樹さんが同じヤツに乗ったらしいのですが、佐藤優樹さんの腰が心配になりました。楽しかったです。


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ド・ドドンパ

喫煙所でくつろいでいるとええじゃないかに乗ろうとしていた「男」が戻ってきました。どうやらやはり並びすぎていて制限時間内に乗れなそう、という事で次のアトラクションに向かうようでした。工藤遥さんはこの時空中ブランコみたいなヤツからフリーフォールみたいなヤツ、というタイムスケジュールだったのですが既に長蛇の列が出来ており、無理だと判断した我々は4大アトラクションの一つであるド・ドドンパに向かう事にしました。喫煙所が空中ブランコに近かったので工藤ヲタがたくさん居たのですが、その中に列から少し離れたベンチで暇そうに携帯をイジる、バスの中でスナックに食いついていたタトゥーの女性を見つけました。あまりに暇そうにしていたので「あ、俺達ドドンパみたいなのに乗り行くんですけど、行きます?」と言いました。即答で「行く!」と答えたので一緒にドドンパに乗りに行く事にしました。ド・ドドンパには飯窪さんがスタート地点にいる事になっているようでした。少し並んで乗り込むと確かに飯窪春菜さんがスタート地点におりました。この頃になると10期メンバーがそこら辺にいる事に多少慣れ始めて来ており「えー飯窪さんこれ乗った事あるんですか?へぇー、どうなんすかコレ?」みたいな感じで近所のコンビニの店員と話す感じになっていました。飯窪さんは「これは私でも大丈夫でしたよー」みたいな事とかを言っていたと思います。ド・ドドンパはビュンッってなってグワングワンとちょっとして帰宅、みたいな感じで確かに大丈夫でした。内臓フワッ感が一番無いので内臓フワ嫌いの俺は4大アトラクションの中では一番乗りやすいと思いました。ド・ドドンパを出たらも既に終了時間の15分前、とかになっていて俺は一足先にバスに戻る事にしました。「男」ともう一人のおじさんは「いや!もう一個行けます!もう一個行けますって!メンバーは来ないけどもうワン絶叫行けますって!」と言いながら本当にもうワン絶叫しに行きました。楽しかったです。

と、ここまで書いてきて自分では初めて気が付いたのですが、これではまるで俺が工藤遥のイベントから逃げるように移動しているみたいにしか見えないじゃないですか。当時から「あんまり工藤遥に出会わなかったなー」くらいには思っていたのですが、当然です、工藤遥の出現するスポットに出向いていないのですから。何故このような行動になったのか考え直してみると、俺はあくまで「夜の遊園地に来たら偶然工藤遥が居た」というような状況を求めていたのではないか、という身の毛もよだつ結論に辿り着いてしまいました。工藤遥を追ったり、工藤遥の出現ポイントで待ち構えていたりすれば当然見られるけれども、でもそれを俺は求めていなかったのはないか。あくまで「俺が普通に富士急ハイランドを楽しんでいる所」に「たまたま工藤遥も遊んでいる」状況を求めていたのではないか。だから「敢えて」工藤遥の出現ポイントを外して回っていたのではないか。ハイパー気持ち悪いのであまり認めたくないのですが、今自分で物凄く納得してしまったのでおそらく合っているのだと思います。マッドマウスでの遭遇が一番テンションが上がった事を考え合わせても、おそらく間違いありません。「この期に及んでまだ斜に構えるのか」とお思いの方もいらっしゃると思いますが、もはやここまで来るとこれは「斜」では無くこれが俺にとっての「正面」なのでしょう。俺は工藤遥と夜の遊園地で遊びたかった、ただそれだけだったんです。


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 三途の川を渡るバス

俺が初めてジェットコースターに乗った小学校低学年の頃、あの時の親父は今の俺と同じくらいの歳だったはずです。親父、俺はアイドルのバスツアーで遊園地に行ったよ。あの頃以来のジェットコースターにも乗った。あの時のあなたとの共通点は酔っ払ってたって事くらいかな。情けなく思いますか?

でもね、親父、俺は俺なりに真摯に人生に向き合っているつもりで、これは俺の人生に必要なバスツアーだと思ったんだ。実はあの時のあなたとの共通点がもう一つあって、それは「そこに大好きな人と一緒に行った」って事なんだ。心配かけてるのは分かってるし、申し訳なくも思うけど、俺はこういう風にしか生きてこれなかった。後悔はしていないし、人様に迷惑だって出来る限りかけていないつもりだ。婆ちゃんの法事で今年の年末は久々に家に帰るからさ、その時は俺がジェットコースターにはじめて乗った時の話でもしながら深酒をしよう。あの親父のカッコ悪い絶叫の話をして、ゲラゲラ笑いながら焼酎でも飲もうよ。

 

 遊園地の外に出ると、三途の川を渡るバスがキラキラと光っていました。俺はそのバスに乗り込んで、三途の川を渡り地獄へと向かう事になるのです。<つづけ>

  
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10期バスツアー日記~賽の河原編~

前 10期バスツアー日記~生前の記憶編~ - 🍣

後 10期バスツアー日記~三途の遊園地編~ - 🍣

夢

宴会場の時点でビール瓶で頭をかち割られた俺は意識を失い、そのまま死んでしまいました。ここから先は死人の見る夢です。「富士急ハイランドに異常な執念を燃やす男」に部屋を連れ出された俺達は焼酎カップを片手にのそのそと部屋を出てバスに乗り込みました。宴会場でビールが提供されたということは酒を飲むのはオッケーなのだろう、という判断です。そこら辺はグレーゾーンなのでしょうが、お茶割りをチビチビやりました。暗い夜道を走るバスでは10期メンバーが事前に録ったと思われる映像が流れました。言い忘れていましたが、これは行きのバスから事あるごとに流れておりました。俺はずっとボーっと見ていたので詳細は覚えていません。ただ、2日目以降に佐藤優樹さんがおそらくはまとめ撮りされたであろう長い収録に完全に飽きている様子がそのまま流れており「さっすがまーちゃんだぜ!」というような事を思った覚えはあります。ともかく、俺は疲れと酔いでボーッとする頭を抱えて工藤遥さんが話しているのをバス備え付けの小さなモニターで見ていました。バスはそのまま50分ほど走り、夕方まで居た場所に戻りました。「富士急が貸し切りになっている」という情報は確か我々の乗ったバスでは富士急に向かう車内で発表されたのだと記憶しています。曖昧な記憶なので間違っているかもしれませんが、少なくとも俺はその時に知り「あれ?もしかしてこれは夢なのでは?」と思い始めました。「夜の遊園地を貸し切り」なんてロマンチックな事をアップフロントさんがやるワケがない「完全に俺達は騙されている。これから山中に放置されて殺し合いが始まるんじゃないだろうか。支給アイテムにサブマシンガンが入っていますように…」と思いました。実際は本当に夜の遊園地を貸し切ってあったので「え!すごい!アップフロントちゃんスゴイ!」と思いました。極悪なヒモがたまに見せる優しさに感動してしまって縁を切れないデリヘル嬢みたいな気分になりました。

マラソンランナーが給水所に飛び込むスピードで

我々の乗ったバスは遅い方の到着だったようで、既に富士急ハイランドの駐車場には20台以上のバスが並んでいました。当然といえば当然ですが、20台のバスが一気に駐車出来る場所は限られているので、実際にバスツアーに行っても全台集合しているのを見たのは、この富士急ハイランドと翌日の河口湖ステラシアターだけでした。大型バスが20台も並んでいるのは壮観な光景で、なんとなくアトラクション感がありました。が、そんな光景を楽しんでいる場合では無く、俺は案の定お小水がしたくなっていました。順番にバスごとに列に並んで入場するようだったのですが、このままではダムが決壊してしまう!と思い、闇に紛れて昼にも駆け込んだ駐車場のトイレに駆け込みました。闇夜を切り裂く一筋のお小水おじさんの閃光。闇を駆け抜け抜け駆け許さない。ショウスイオショウスイオショウスイおじさんズ。

なんとかトイレには間に合ったのですが、入り口に戻ると既に全員入場しており慌てて小走りでスタッフの立っている催し物ホールのような場所を駆け抜けたら、入り口に10期メンバーが立っており何かを配っていました。あまりに予想外の出来事だったのでマラソンランナーが給水所を通るスピードで入り口を通り抜けてしまい「うぉっつ、はい!え!?はい!」と確か飯窪春菜さんか佐藤優樹さんに言ったような記憶があります。あまり覚えていませんが。稲葉貴子さんがバースデーイベントでモギリをしてる時のような気分になりました。マラソンランナーが給水所に飛び込むスピードでメンバーの横を駆け抜けた先には体育館のような空間が広がっていました。そこに1000人を超えるオタクが集められ号車ごとに整列させられていました。なんという修学旅行感でしょう、と思いながらそのまま自分の号車の最後尾に並ぼうとしたところ「番号順、番号順に並ぶんだって!」と誰かに言われてそのまま最前列まで行かされてしまいました。オタク、真面目か!遅刻したヤツなんて後ろでいいんだよ!と思いながらよく聞いてみると昼間に写真を撮る時に振られた番号順に並べ、という指示が出されているようでした。俺は2番目に写真を撮ったので2番、我々の号車は全24台中ちょうど真ん中の12号車、気が付くと俺は2列目最中で10期メンバーの乗ったステージを見上げる事になっていました。ほろ酔いお小水おじさん、身分不相応な立ち位置にビビるの巻。体育館のステージ上で話す10期メンバーを見ているとなんだか文化祭を見ている気分になりボーっとしていると「ねぇ!後ろに背が小さい子いるんだからちょっとズレてよ!」と知り合いの妙齢の女性に小言を言われました。俺はちょっとズレました。そういえば、リアル中高生時代から委員長タイプの真面目な人にはよく怒られてたなあ、と思い出しながら。この時に10期メンバーが何を喋ったのかあまり覚えていないのですが「行くぞー!おー!あとお前ら絶対走るなよ!」みたいな会だったんだと思います、確か。ボーっとステージを見上げているうちに集会は終了し、俺はボーっとしたまま歩き出しました。どこへ歩き出しているのかもよく分からなかったのですが、とにかく歩き出しました。いつの間にかトボトボと歩く俺の横には「富士急ハイランドに異常な執念を燃やす男(以下単に「男」と表記する)」がおり「さあ!中島さん!行きましょう!まずはフジヤマです!ここ!飯窪いますから!飯窪!」とフルマックスのテンションで夜の富士急ハイランドに競歩のスピードで向かっていました。「走るな」という注意は厳守しており、すごいなあ、と思いました。

遊園地と工藤遥と私

遊園地とは縁遠い人生を歩んできました。俺がはじめて絶叫マシーンに乗ったのは確か小学校低学年の時、家族で行った遊園地のジェットコースターだったと思います。母親と妹とは別行動をして、酔っ払った親父とフラフラ園内を歩いていたらいつのまにかジェットコースターに乗っていたんだと記憶しています。そもそも親父が酔っててあんまりなんなのか分かっておらず「おい!なんかこの建物涼しいしあれ乗ろう!屋内じゃしジェットコースターじゃねぇじゃろ!ワハハ!」みたいなノリで乗ったら屋内型のジェットコースターだった、みたいな話だったと思います。当時から無駄に身体だけはデカかったので身長制限も余裕でクリアしてしまい人生初ジェットコースターに乗るハメになってしまったのです。ジェットコースターだと思わず乗ってしまったので「これジェットコースターじゃねぇか!親父めええええ!」という恐怖はありましたが、全然耐えられたのでまあこんなもんか、という感想でした。小学校低学年くらいが俺の一番知的で落ち着いた時期だったのです。しかし、親父は「うおーーー!ひぃーーー!ごぼぉーー!」みたいな、気持ちいいくらいかっこ悪い絶叫の仕方をしており、それが脳裏にこびりついたので「絶叫マシーンは乗れるけど今後はあんまり乗りたくないな、かっこ悪いし」と思いました。まあ、そのような心配をするまでも無く、思春期から大学を卒業するまで俺には「遊園地行こうぜ!」みたいな事をいう友達も、遊園地に一緒に行く恋人も出来なかったので自然な流れで絶叫マシーンに乗る事はあまりありませんでした。何度か付き合いで乗りましたが「別に平気だしちょっと内臓フワっとするし乗らずに済むならそれがいいな」という感想を持っていました。まともに自分の意志で絶叫マシーンに乗ったのは工藤遥さんが戦慄迷宮に入れなくて泣いたDVD(ハロー!チャンネル the DVD Vol.8)が出た後、それの再現をしに富士急ハイランドに行った時でした。工藤遥さんが異常に可愛いこのDVDの再現をしにわざわざ富士急ハイランドまで行ったのです。当時13歳の工藤遥さんがお化け屋敷に入りたくなくて泣いたり、ええじゃないかに満面の笑みで乗ったりする国宝級のDVDです。皆さん是非見て下さい、泣けます。そこで「ハルちゃーーん!!」などと絶叫しながら乗ったええじゃないかは存外に楽しく、工藤遥ってすごいなあ、と思ったのを覚えています。そのあたりからなのでしょうか、俺が人間としての気持ちを取り戻し始めたのは。工藤遥さんが俺に人の心をくれたのです。

 

俺がまだ、ガチ恋おじさんになる前の話です。富士急ハイランドの入場口にズンズン進んでいく「男」に着いていきながら、淀んでいく頭で昔の事を思い出していました。数分歩くと、入り口とライトアップされたアトラクションが見え、なんとなく少しテンションが上がりました。ああ、やっぱりこれは死ぬ間際に見る走馬灯なのだろう。親より先に死んだ俺は、この遊園地で小石を積み続けるのだ。工藤遥の思い出と共に<つづけ>

10期バスツアー日記~生前の記憶編~

モーニング娘。10期バスツアーのブログを更新しようしようと思っていたのですが、バスツアーの事を考えると脳にジャミングをかけられたようなワサワサした状態になってしまう、という謎の奇病にかかったのでなかなか書き進める事ができず、現在も大量の甲類焼酎を摂取する事でなんとかキーボードを打てている状態です。バスツアーは夢感が強すぎた。ブログにまとめて書き上げる事でその夢が終わってしまうのではないか、そういう気持ちが俺の脳にワサワサをもたらしている気がしています。それはそれで良い、覚めない夢ならそれで良い、ツライ現実なんかよりはよっぽどマシだ、と思っていたのですが、バスツアーから1週間ほど経つと、そのワサワサが日常生活にまで入り込んできて、ふとした瞬間にバスツアーの事を思い出し脳がワサワサしてしまう、という症状が出始めました。「これではダメだ、夢に取り込まれてしまう」と思い、一度ブログにまとめてしまおうと思った次第です。工藤遥さん卒業まで2週間を切り、いつまでも夢に取り込まれている場合ではないと夢と闘うおじさんのバスツアーレポです。

 修学旅行リベンジ

 皆さん、高校の修学旅行には行かれましたか?俺は北海道へ行ったんですけど、一晩中同室の男と麻雀をしていた思い出しかありません。高校生の頃には既に心が死んでいたので好きな女の子もおらず、修学旅行恒例の好きな女の子暴露大会や、ましてや女子の部屋に行ったりチョメチョメしたりそういうのとは全く無縁の修学旅行でした。当時は「これはこれでアリだな」などと思っていたのですが、今思えば非常にもったいない事をしました。温泉で麻雀はおっさんになっても出来る。というかおっさんになってからの方が出来るわけです。後悔しております。アイドルのバスツアーっていうのは、それへのリベンジだと個人的には思っています。あの頃出来なかった青春をするのです。7万円払って。とはいえ7万円のうち69000円くらいは青春取り戻し代。つまり旅行部分は実質タダなのです。めちゃくちゃ安い。修学旅行なので当然前日は寝られません。俺はもうオトナなので酒を飲んで寝てしまおう、と思ったのですが修学旅行なのでいくらオトナでもどれだけ酒を飲んでいても寝られませんでした。リベンジするんだ、俺は俺自身に。

 当然の不眠と膀胱への不安

おそらく2時間ほどは意識を失ったと思うのですが、目が覚めてしまったので朝6時には家を出ました。東京駅に着いたのは出発時間の50分ほど前。ニートの俺が50分前行動、それが修学旅行です。気分的にはもうカチコーン酒でも喰らってやろう、みたいな感じだったのですが、昼にはメンバーの方と写真を撮らなければならないし、その間何があるかわからないし、何よりバスにトイレがついていないみたいだったので我慢しました。俺には苦い経験があるのです。モーニング娘。がモーニング娘。'14になる少し前、寝起きドッキリにオタクが同行するという狂った企画がありました。実際何をやるのか一切アナウンスはなく、ただファンクラブで「車中泊のテレビロケがある。来れるヤツは来い」という募集がされただけでした。結果的には異常に最高なイベントだったのですが、この表示だけでやってくるオタクはさすがに多くなく余裕で当選してしまいました。俺は何をするのか分からないまま、ビールをしこたま飲んでフジテレビ前に集合してバスに乗ってしまったのです。バスは首都高の渋滞にハマりそのまま2時間ほど走りました。ビールを飲むとすぐにお小水がしたくなってしまう俺は限界まで我慢した結果、止まる予定の無かったSAに大型バスを突っ込ませたにも関わらず我慢の向こう側ヘ行ってしまい、車内でいろはすのペットボトルにお小水をするという蛮行に走ってしまったのです。当時隣の席だった男はそれ以来いろはすが飲めなくなりました。一人の人間に強烈なトラウマを植え付け、いろはすの売上を少し落とした事件が起きたバスの行き先は「河口湖ステラシアター」でした。まさかこの時は行き先まで同じだとは思いませんでしたがしかし、「山梨へ向かうバス」に苦い思い出のあった俺は旅行かばんに携帯トイレを2個忍ばせてバスツアーに臨んでいました。「今回は酒も飲んでないし携帯トイレもあるし万全だ」と思っていたのですが、携帯トイレを入れたまま荷物をトランクに入れたことにバスが発車した後に気付き「あ、これ今回も終わったな」と思ったのを覚えています。結局漏らさずに済みました。最初の目的地富士急ハイランドに着いた時にバスを降りてダッシュで駐車場のトイレに駆け込みましたが、なんとかギリギリなんとかなりました。

 富士急で遺影を撮る

富士急のトイレで用を足し、お漏らしの恐怖から開放されたらすぐに「10期メンバーと5shotを撮らなければならない恐怖」が襲ってきました。よく分からないまま富士急ハイランドの入場券を渡され「好きにしていろ。写真を撮る時間になったらここに並べ」と言われ、どんより曇った真っ昼間の富士急ハイランドにオタクが次々と放たれていきました。並ばなければならない時間まで小一時間ほどしかなく、富士急を楽しむには足りないし、かと言って何もしないには長い絶妙な時間が我々には提示されていました。バス出発から3時間ほど経過して今日はじめてメンバーの顔が見れる、という事実に緊張してきてしまったので、俺は富士急ハイランドに入った瞬間売店でビールを買って飲んでしまいました。不飲(のまざる)の誓いを呆気なく破ってしまいました。拙者はるろうにでござるから流れていくのでござるよ、ニンニン。まあ、売店で売ってるもんを飲んだだけだしビール一杯くらいならほぼエナジードリンクみたいなもんだしセーフ!という自分ルールでグビグビ飲みました。死ぬほど美味かったです。細胞に染み渡りました。死ぬほど美味いエナジードリンクを飲んだりモスバーガーでメシ食ったり喫煙所でボーっとしたりしていたら小一時間経過してしまいました。小一時間、短いです。

富士急ハイランドの入り口に戻ると既にバスツアーの謎行程に振り回される子羊達が沢山列に並んでいました。番号順に並ばされ、俺は2番目に撮影をするようでした。…2番目!!!?嫌だ!怖い!まあ何番目でも怖いんだけど!と思いました。時間を指定されたにも関わらずその後30分ほど富士急のホテル内で謎の部屋の謎の椅子で待機させられました。途中鈴木啓太氏が現れて写真を撮る時のメンバーの並び順をアナウンスしていたようなのですが、俺はもう死刑が執行される日の死刑囚の気分だったのでよく覚えていません。ただ床の模様だけを見ていました。写真を撮る、という事は分かっていたのでポーズをどうしようか、というのは事前に考えたのですが結局何も良いモノは思いつきませんでした。そもそも何が良くて何が良くないのかすら分からない状態だったので「今死んだら遺影に出来るような写真を撮りたい」という湧き出してきた思いをストレートに伝える事にしました。いよいよ執行が近付き、係の人がポーズ指定を聞きに来たので「家族写真みたいな感じで」と伝えました。係の人は「えっ?」と言っていましたが、強行に2回目の説明をして分かっていただきました。係の人にも伝わらないコレがメンバーに伝わるわけがない、などという冷静な判断力は既に俺には無くなっていたのです。

 部屋の大きな扉が開いて結婚式場の控室のような部屋に通されました。10期メンバー4人が座っているのが見えました。俺の前に並んでいた最初に写真を撮る人物が土気色の顔をして部屋に入っていくのが見えました。俺はふぅ、と大きく息をついて土気色の顔をした人物が少女4人に囲まれて写真を撮られているのをぼんやり見ました。メンバーの顔を見てしまうと緊張が高まるので土気色顔の人の足元をうすぼんやりと見ました。次の方、と呼ばれた後からは記憶が曖昧なのですが、いつものように異常にペコペコしながら椅子に向かったのだと思います(俺は工藤遥さんと対峙する時、必要以上にペコペコするクセがあります。申し訳無さの現れだと思います。生まれて、すみません。)ペコペコしながら席に着き、「THE・カメラマン」といった感じのオシャレな兄ちゃんが持つカメラのレンズを見ました。余りに緊張していたのでよく分からないのですが、どうやら俺の目が閉じていたようで撮り直しになり、2回シャッターを切られました。俺の目なんかの事でお時間取らせて申し訳ないと思いました。撮影が終わると隣に座っていた石田亜佑美さんが「えーww緊張してるんですかーwww」みたいな事をツンツン、みたいなジェスチャー付きで言ってきました。どことなく80年代感が漂っており一周回ってオシャレでした。俺は工藤遥さん以外の顔はまともに見られるのでこの時凄く近い距離で石田亜佑美さんを見たのですが「色白いな!」と思いました。緊張してるんですかーwwwに対しては特に何も言い返せず、そのまま「フンス!」と席を立ち、ペコペコしながら後ずさって部屋から逃げるように出ました。小走りで階段を降り、先程まで土気色の顔をして写真を撮っていた人物を見つけると「いやあ、石田さんにめっちゃ緊張してるんですかーwwwって言われましたわー」というこの世で最も内容の無い感想を早口でまくし立てました。

後から聞いた話だとこの時工藤遥さんも俺に何か話しかけていたようなのですが俺は全く覚えていません。後ろに並んでいる人は前に並んでいる人の撮影風景が丸々見える形式で、同じ列に並んでいた知り合いが言っていたと言うことは確かに俺は工藤遥さんに話しかけられていたのだと思うのですが、しかし、俺の脳はその情報を処理していなかったのです。この場合、俺は果たして工藤遥に話しかけられたと言えるのでしょうか。俺の脳が認識していないモノがこの世に存在する事を確かめる方法はあるのでしょうか。今までコンサート等で「工藤遥からはノールックノーレス!」と言い続けて来ましたが、こうなってくると俺の脳が工藤遥からの信号をキャッチしていないだけの可能性も出て来ます。キャッチ出来ていない、というよりは「工藤遥からのレス」の情報量が俺の脳には大きすぎて処理しきれていない、というような感じです。難しい。哲学の本を読まなければならないと思いました。


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 お座敷でビールを

 それからどうやってバスに乗ったのかはあまり覚えていません。記憶がスッコーンと飛んでいるのです。確かグッズを買ったりライブの席抽選をしたりしたのだと思います。何も覚えていません。俺の記憶が戻るのはそれから50分ほどバスが走り、宿泊する旅館のある寂れた温泉街に着いた頃です。放心状態でボーっと外を眺めていると、スナックが多く立ち並ぶ昔ながらの温泉街に入りました。ボーっとしながら「ああ、ああいう古ぼけたスナックで泥酔したい気分だなあ」などと思っていると、前の座席に座っていた女子が「あ!スナックだ!」とそこそこ大きな声で言ったのです、嬉しそうに。若い女がスナックに食いついてるのを珍しく思い、俺は思わず「スナック好きなんですか?」と言ってしまいました。女の子は「好き!」と答え窓の外の小汚いスナックをしばらく眺めていました。「この人、面白そうだな」と思いました。結局、その女の子とは旅館の部屋でも一緒に飲む事になります。しかし、安心して下さい。全国800万の中島ファンの皆さん、私は一線を超えていません!バスツアーで出会った人と結婚する事も無いでしょう!何故なら!俺は!工藤遥が好きだから!その上全くもって出会い方が分からないから!あと単純に全然モテないから!また楽しい飲み友達が増えてしまいました。腕にカッコ良いタトゥーの入った酒好きの女性です。現場のはみ出し者は全員俺んとこへ来い。俺もはみ出してるけど心配するな。

バスがお世辞にも綺麗とは言えない外観の旅館に着き我々はバスを降ろされました。やっとゆっくり出来るのかな、と思いましたがタイムスケジュールを見ると部屋に荷物を置いたらほとんど合間無く夕食を食べてもう一度バスに乗りさっき来た道を引き返すようでした。寝不足とバス移動の疲れ、そして写真撮影での精神的疲労から、正直言って「もういいよ!酒を飲ませてくれよ!もう寝たいんだよ!どうせ夜のイベントなんてお茶濁しのアレなんでしょ!知ってるんだから!ぷんぷん!」という気持ちでした。実際には夜のイベントは最高も最高、この時俺が思っていたよりも2億倍良いものだったので、この時バスからバックレてスナックに酒を飲みに行く、という選択肢をとらなくて本当に良かったなあ、と思っています。とはいえ、この時点では相当気怠い精神と身体を引き摺って異常に早い夕食を宴会場でとる事になりました。

「ハロプロのバスツアーといえばヒドイ飯」というイメージがかの有名な「飯田圭織七夕バスツアー」によってついていると思うのですが、最近は流石に改善されてきており、この日の夕食もそこそこ豪華なものでした。少なくともソーセージを2本食べても怒られることはないだろうな、というような見た目と味でした。


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「これはコンパニオンを呼ぶ形体だろう」という感じで妙に広い通路が作られた大きな宴会場にお膳が並べられており、どこからどう見てもこれはビールを飲むしか無いな、という状況でしたので、旅館スタッフを呼び止めビールを注文しました。バス2台分の人間が居たのですがビールを注文していたのは俺と同室の人間一人、違うバスのおっさん3,4人、それと先程バスでスナックに食いついていた女の子だけでした。時間がなかったので皆さん松屋でメシ食う時みたいな速度で旅館メシをワシワシ食べていたのが印象に残っています。かく言う俺も時間があまりなかったので刺し身を食べながら瓶ビールをグイグイいってしまったのでほろ酔い気分になり、ますます「もうちょっと飲んで行こうよー!ねぇ~!みんなー!」という気分になりましたが、我々にはもう数十分しか残されておらず、「みんな」もさっさと食べ終えて各々の部屋へ戻って行きました。メシを食うのが遅い子は宴会場に残され、なんとなく「給食を昼休みまで食べさせられている子」みたいになっていました。部屋に戻り身支度を整えたらもう既にバスに集合する時間になっていました。俺と同室のおじさんは「もうここで酒でも飲んでようぜー」と愚痴りネタ半分本気半分で言ったのですが、同室の「富士急ハイランドに異常な執念を燃やす男」が富士急イベントのタイムスケジュールを見ながら「駄目です!絶対に行きましょう!どこから周りますか!?これ絶対効率の良い周り方しないとダメですよ!絶叫マシーンに全部乗りましょう!さあ!さあさあ!」などと俺達を鼓舞したために、我々やる気のないおじさんはノソノソとバスに乗り込む事となったのです。

 

 

 

思えば俺はこの時に意識を失ったのかもしれません。旅館で酔いつぶれてそのまま死んだのではないでしょうか。この後起きた事も、今こうしてブログを書いている事も、全てが俺の夢の中の出来事であるような気がして仕方がないのです。<つづけ>

 
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全国同時握手会2017秋 ~ラストラン編~

モーニング娘。の全国同時握手会という催し物に半年に一度行き始めてからもう随分経ちます。その名の通りモーニング娘。のメンバーが全国各地で同時に握手会を行う催し物です。柏や流山おおたかの森という近場から、秋田新潟、滋賀や神戸、果ては沖縄まで、開催されればどこへでも行きました。ろくな思い出はなく、今思い出すのは沖縄で買った20枚のCDをプレゼントしたキャバクラのお姉さんは元気かなあ、とかそれくらいです。お姉さん、元気でやってらっしゃいますか?俺は元気にしております。毎回毎回行くわりには行った先の握手会で話すことと言えば「あ、どうも、おはようございます。ここ遠いですね」くらいで全く内容がありません。それで良い、と思った事は一度も無かったのですが、どうしても工藤遥さんの前で普通に話す事が出来ないまま4年ほど経ってしまいました。俺がボーっとしている間に工藤さんは卒業を決め、10/8に行われた今回が工藤さんにとって最後の全国同時握手会になりました。今回こそはちゃんと、せめて普通に感謝を伝えたい、悲壮な決意を固めて握手会開催前夜の新宿に向かうと、そこには見慣れたシルバーのバンが待っていました。

 

今回工藤遥さんは広島神戸大阪を巡るルートでした。それなのに何故か前夜の新宿でシルバーのバンに乗り込みました。どこからどう見てもタコ部屋に連行される人にしか見えなかったと思いますが、俺はそのシルバーのバンで広島を目指すことになっていたのです。何故新幹線や飛行機に乗らないのか!?そこにバンがあるからさ。あのシルバーのバンは世界一自由な乗り物なんだ。今までの全国同時握手会も沖縄以外はあのバンで向かいました。毎回毎回異常に過酷な事になるこの移動方法が俺の全国同時握手会を彩ったと言っても過言ではありません。過酷過ぎる移動によって脳がマヒしてなんだかよくわからないままサイケデリックな景色を俺に見せてくれるのです。「このバンに乗るのも最後か」そう思うと最悪に近かった体調も不思議とマシになりました。

 

ヤングタウン土曜日をBGMにシルバーのバンは快調に飛ばし、翌朝には広島に入っていました。もちろん一睡もしていません。酒も少ししか飲んでいません。脳内麻薬とシルバーのバン効果のみで俺はギリギリの体調をキープしていました。ちなみにドライバーは広島に到着するまでに俺が確認しただけでも2回は気を失いかけていました。握手会ってのは命懸けなんだ、と改めて思いましたね。広島駅前のパルコに着くと既にCD購入の為の列が出来ておりました。まだ早朝なのに。ここまで来てCD買えなくて握手出来ないのもアレなので仕方なく列に並びました。飲まず食わずで2時間ほど並び、なんとかギリギリでCDが買えたので、一服しにビルの外に出ました。

 

ビルの外に出る途中、エレベーターの前でサンボマスターの山口さんを見かけました。後から知ったのですがその日は同じビルに入っているライブハウスでサンボマスターのライブが行われていたようです。寝不足と体調不良と長時間の並びから開放された開放感で俺は思わず「山口さんですよね!?」と声をかけてしまいました。山口さんはゆっくりこちらに近付いてきて、いつもの調子で「お兄ちゃん、ちょっと声が大きくないかい?」と優しく諭してくれました。俺は自分が周りと山口さんに全く配慮出来ていなかった事に気付き、お詫びして応援してます、と伝えました。「ありがとね」そう言って山口さんは去っていきました。カッコ良かったです。粋でした。

 

山口さんを見て一服して会場に戻ると既に片付けが始まっていました。握手会は終わっていたのです。工藤遥さんの姿は一瞥もできませんでした。ものの15分ほどだったと思うのですが、まさかそんな時間で600人の握手が終わってしまうとは思っておらず俺は鳩が豆鉄砲を食ったような顔でその場に立ち尽くしました。後から聞いた話だと、俺たちが握手券を購入した時点で既に握手会が始まっていたようで、買ったらすぐに握手列に並ばないといけなかったようでした。そんなこととはつゆ知らず、俺はサンボマスターに会って一服していたのです。あまりのショックで自分がショックを受けた事すらよく分からず、ただただその場でヘラヘラしていました。

 

その後に行われる神戸大阪の握手券も即売り切れになりそうだ、という情報が入ってきた時はさすがに「はー、それはマズイなー」と感じましたが、しかし、なんかもうそれはそれで面白いかもしれない、と思っていました。どうせもう握手しないだろうし、とコンビニでビールを買って飲みました。終わった事は仕方ない。寝不足と体調不良にアルコール、快晴の広島市内、俺はどこか上の空でタバコを吸いました。たまたま居たコンビニ前のパルコの搬入口から工藤遥さんがマネージャーさんと共に出て来てどこかへ行ったような気がするのですが、アレは神様が俺に見せた幻だったんだと思います。

 

「もういいよぉ~広島でメシでも食おうよぉ~」

などと上の空でつぶやく俺は周りの人の肩を借りて、シルバーのバンに乗り込みました。バンは一路大阪へ向かいました。俺の上の空などには目もくれず、シルバーのバンはただ目的地だけに向かうのです。

 

シルバーのバンは渋滞の名所、西宮JCTでガッツリ渋滞にハマりましたが、大阪の握手券は俺と一緒に広島で握手が出来なかった直後にダッシュで新幹線に飛び乗って大阪に向かったど根性男の活躍によりなんとか一枚買うことに成功していました。俺がボーっとしている間に。スゴイ。あべのHoopに到着し、たこ焼きを食いながらイベントを見ました。端っこや後ろの方にいるお客さんに工藤さんが手を振りまくっていたのを覚えていますが、たこ焼きが熱すぎてそれどころでは無かったのであまり細かい事は覚えていません。広島に並びはじめてから既に10時間、新宿を出てからで言うと20時間ほどの時間が経過していました。夕闇に染まる西成で、俺はその日はじめて工藤遥さんを見て握手が出来る事になりました。

 

疲れと体調不良と夕闇で俺は自分が何をしているのかイマイチよく分からない状態で握手列に並んでいました。まだ広島で受けたショック状態から回復していなかったのかもしれません。確か牧野真莉愛さんとか飯窪春菜さんとか森戸知沙希さんとかが居たと思うのですが、何を話したのかあんまり覚えていません。握手の最後が工藤遥さんでした。工藤遥さんは疲れからなのか照らしていたライトが暑かったのか、とにかく汗をかいていました。そこそこの大汗をかいてキラキラ光っておられました。

 

「あのー、広島行ったんですけど、ちょっとアレで握手できなくて」

ぬるっと工藤遥さんとの握手になってしまったので俺は何も考えずにそう言いました。工藤遥さんは身を乗り出して気の毒そうな顔をしながらうんうんと物凄く聞いてくれる態勢をとって下さいました。俺はそれに対して、俺なんかのクソみたいなエピソードを聞こうとして下さる事への申し訳無さと、あと単純に距離が近付く事への緊張感ががこみ上げてしまい

「まあ、あの、それはそれとして汗がスゴイですね」

と言ってしまいました。なんという内容の無さ!そこはかとなく漂うセクハラ感!地上最弱の握手弱者!クソつまんない会話王!嫌いだ!あなたといる時の僕が!たまらなく情けなくて!みんなの!前じゃホントはもっと!ハツラツとしてるはずなのに!

YOU&I B'z 歌詞情報 - うたまっぷ 歌詞無料検索

工藤さんは前に乗り出したまま、一瞬「え?」みたいな顔をして

「そうなの~!」

と言いながら髪を手でフワっとしていました。カッコ良かったです。粋でした。サンボマスターでした。サンボマスターは君に語りかける。

 

4年間通い続けた最後の全国同時握手会、一箇所目は握手しないままイベント終了、無理矢理買った最後の最後逃げ出す、というあんまりにもあんまりな内容。 いくらなんでもあまりに内容が無さ過ぎて自分でも笑ってしまいました。まあでもなんか、これはこれで良かったかな、とそう思ってしまいました。今まで一度も「これで良い」などと思った事が無かった握手会ですが、今回はこれで良かったんだと思います。もちろん、他に言うべきこととか言わなきゃなんないこととか言いたかったこととか無限にありますけど、でも結局俺はどれも言えなかったと思うのです。それならば、これはこれで良かったんじゃないんだろうか。あべのHoopのピカピカした景色を見ながらぼーっとそう思いました。

 

そう思いながら、ふと気が付くと俺の体調は全快していました。寝不足も疲れも数日前から感じていた風邪の初期症状もなくなっていたのです。俺はスーパーハイテンションで西成の飲み屋に入りビールを飲み唐揚げとホルモン焼きを食べました。ビールが異常に安かったのでたくさん飲みました。体調はドンドン回復していきました。馬鹿笑いしながら下らない話をしてビールを飲み続けました。

 

たっぷり2時間近く飲み、シルバーのバンは一路東京へ。途中同乗者を降ろしたりしながら翌日池袋に到着したのは午前5時でした。もちろんまともに寝ていません。1時間ほど気を失った瞬間はありましたがほぼ寝ていませんでした。二日間まともに寝ていないのに体調はまだまだ大丈夫でした。自分でもだんだん怖くなって来ていたのですが、しかし体調が悪くなくて困る事もないので考えないようにしました。思考する事をやめて立ち食いそば屋でカレーセットを食い、サウナにチェックインしました。

 

大宮のご当地アイドル、大宮アイドールの稲刈りオフ、という謎のイベントに行くことになっていた俺は池袋のサウナで風呂に入り沢山のおっさんのイビキが鳴り響く仮眠室で1時間ほど気を失ってからまた池袋から車に乗りました。昼下がりまでイベントを堪能して夕方前、帰るにはまだ早い時間でした。気が付くと俺は友人数人と日暮里の公園で酒を飲んでいました。

 

少し飲んで帰るつもりだったのですが楽しくなってしまい2時間ほど飲み、更に北千住の行きつけの飲み屋まで行ってしまいました。時刻はまだ19時、まだまだ行けるな、と思いながらジョッキ二杯ほど飲んだ所で不意にくしゃみが出ました。受け止めた手のひらには鼻水では無く膿のようなものとうっすら血液が出ていました。多分脳みそが鼻の穴から出て来たんだと思います。身体が限界を告げてきたのです、分かりやすく。工藤遥との握手で脳と身体をマヒさせられるのは約24時間程度、その際身体の方が先に限界を迎える、という人体実験結果になりました。ちなみにその後1週間は尋常じゃなく体調が悪くなりました。

 

最後の全国同時握手会が終わってしまいました。もう残りの俺が行く予定のイベントは写真集イベント、バースデー、岡山高松、パシフィコ、個別挟んでバスツアー、また個別、その後も、…思ったよりある。また鼻の穴から膿んだ脳みそ出ちゃう気がします、このままだと。まあ良いか。俺の脳みそなんて鼻から全部出ればいいや。

 

膿と言えば、工藤遥の卒業が近付いて来て、俺の生活の膿がグニュグニュと出てきている感じがしています。工藤遥に恋をしている事で見えなかった、見ないようにしていた生活や人生や俺自身の人間性に関する種々の問題がハッキリ見えてくるようになったのです。工藤遥の事はずっと好きだと思いますけど、しかし、ここ数年のような「工藤遥を追う事が中心の生活」が出来なくなるのは確かなのです。じゃあ来年からどうしようかな、と強制的に考えさせられています。昔から先の事を考えるのが大の苦手なのですが、それでもたまに考えるくらいには工藤遥の卒業は大きな問題なのです。とはいえ、別に悪い意味ではなく、なんかどんどんスッキリしていっている感じがします。今のところ「どっか遠くに旅にでも出たいなあ」と「女優工藤遥の活動も見に行きたいなあ」くらいの事しか考えておりませんし。なるようにしかなりませんし。座して死を待ち、それからの事は死んでから考える。ガチ恋ゾンビは遂に脳みそまで溶けてしまいました。それでもまだ死ねない。工藤遥に俺の魂を撃ち抜いてもらうまではこの世を彷徨い続けるのです。果たして、人の魂はどこにあるのでしょうか。そんなもの本当に存在しているのでしょうか。

 

あと、工藤遥の卒業は12/11なので、その後の日付のどっかで忘年会やりたいなあ、と思っています。今年も忘れたい事が多すぎるし、この踊りを練習してるから余興で披露したいのです。

 


完全アウェイのロックフェス

 

とりあえずは週末の台風に突っ込み山陽遠征をサヴァイブしたいな、と思っております。生き残りたいがけっぷちでいい君を愛してる。

若くないんだし!

俺はRPGをやるとラストダンジョンの前のセーブで辞めてしまうような子供でした。別に飽きたとかラストダンジョンが攻略出来ないとかそういうワケではありません。ラスボスを倒してしまうと終わってしまうじゃないですか、物語が。それが嫌だったのです。大人になってからは仕方ないからクリアはするようにしているのですが、出来ればクリアしたく無い思いが今でもあります。クリアしたくない思いが膨らまないうちに出来るだけ早くクリアするようにしています。一気に、辞めたくなってしまわないうちに、自分が終わりから逃げ出さないように。海外ドラマも映画も小説も漫画もそうです。一気に見ることで「終わりを見た」事のダメージを少し軽減出来るような気がしています。

しかしアイドルの卒業引退はそうはいきません。現実世界は強制スクロールで一定に動きます。止まることも戻ることもまとめて一気に進める事も出来ません。1秒1秒確実に正確に終わりに向かって動きます。

俺は未だにメロン記念日の解散コンサートをまともに最初から最後まで見ていません。もう7年も前のコンサートなのに。メロン記念日の「最後」からは逃げ出しました。今でも俺はメロン記念日が解散した事を心の底では信じていないような気がしています。「自分が死んだ事にすら気付かないほどの即死をした人間は現世に留まってしまい幽霊になる」なんて言いますけど、似たようなものかもしれません。

 

工藤遥の卒業からは出来るだけ逃げないでいたいなあ、とは思っています。この一ヶ月ほどで主な現場だとナルチカ新潟、ラストハロコンの広島、20周年イベントに行きました。レポ的なものを書こうとしたのですが、直後に酒飲んでほとんど忘れてしまうし、工藤遥卒業ロードの握手会とかバスツアーとか発表されてアワアワしてたらもう秋ツアーがはじまる時期になってしまいました。見える、見えるぞ、卒業公演が終わって「え!?もう終わったの!?」って言ってる俺が。

イベントはどれも非常に楽しかったですね。ここへ来てやっと工藤遥の出演するコンサートが楽しめるようになりました。ガチ恋してから4年、卒業が発表されてから5ヶ月経った今やっと。ただヤケクソになっているだけなのかもしれませんが、自分の中では花の慶次の村井若水の気分です。われ遅咲きのリンドウとならん!!

ナルチカはなんにも言わずにI LOVE YOUとか泡沫サタデーナイト!とかでテンションがフルマックスになってしまいちょっと記憶が飛んでいるのですが、直後の握手会でメンバーの方に「楽しそうだったね!」と言われたので楽しかったんだと思います。楽しそうにしてると楽しそうだと思ってもらえるのだなあ、と思いました。この4年間そのような事に思い至らず、ずっとじっとりした目で工藤遥の腹の汗とか見てて申し訳ございませんでした、という気分になりました。

その反省も踏まえて、広島のハロコンでは全力ではっちゃけ、アンジュルム笠原さんの苦笑いを頂きました。あの会場で一番I&YOU&I&YOU&Iを楽しんだ自信があります。広島が実家に近いのもあって、高校生の頃にお世話になってたオタクのパイセンにも久々に会え、一緒に遠征していたオタクに紹介出来たりしたのでなんかこう、最終回に向けて色々収束していく感じがしました。

20周年イベントは当日券で入ってきた10年来のオタク友達と連番したのですが、これも非常に楽しかったです。正直な話、俺たちが望んでいたセカンドモーニングや3rdラブパラダイス等の曲が無かったので少し残念ではありましたが、それもこれも全部Say Yeah!~もっとミラクルナイト~のまーどぅーと辻加護のクロスオーバーで帳消し!最高!となりました。もちろんロボキッスも。

ちなみに全てのイベントで工藤遥からはノールックノーレスです。だが、それがいい!戦場(いくさば)ってのはそういうものなのです。決して叶わぬ恋なれど噓はつけないこの真胸貫き通す恋心!傾け傾け傾いて散って女に微笑だけあー残し行く!

所謂接触的なものはナルチカの後のヤツしか無かったのでガチ恋は小康状態にあります。工藤遥が実在する事を疑い始めているのです。工藤遥は良く出来た3Dマッピング、もしくは俺の妄想が生み出した幻なのではないのか期がやってまいりました。まあしかし、こんなものはちょっと接触現場が続けばすぐに打ち砕かれる程度のモノですので、依然として予断を許さない状況であります。接触現場が契機となってしたガチ恋ですので接触現場が無くなると割りとこういう状態になる事があります。そこんとこ行くと接触現場無しで深夜にセクシー女塾のDVDを見るだけでめちゃくちゃガンギマリしてしまうふちりん先輩はやっぱものすげえ男だな、と尊敬の念を新たにしています。

 

と、ここらへんまで書いて、その後、新曲のMVを見て俺も深夜にガンギマリしてしまったのでここで終われなくなってしまいました。

 


モー娘。'17新曲MV&20周年イベ、アンジュ川村ボイトレ、研修生北海道佐藤、山岸・小片料理、野村ヘアアレンジ MC:広瀬彩海・横山玲奈【ハロ!ステ#237】

(動画の最初にあざとい人のあざといセリフが入りますがその直後が若いんだし!のMVです)

歌い出し終わったあとのインスト「とぅつつつつぅっつぅっつぅっつぅつぅーとぅー!」って所が良いですよね、そこが。あとこのMV、俺の住んでる所の近所で撮影したみたいなのでそれも良いですよね!思わず10回くらい見てしまいました。ロケ現場はよく知ってる所なので皆さん来て下さい。もう若くないオタクが集まって「若くないんだし!」というMVを撮影しましょう。ギンガムチェックのシャツを着ていくから。最終的にはバスの中で一人になった俺が虚空を見つめて焼酎を飲むエンドで本家には無い狂気を表現しましょう。演ったるちゃん!

 

泣いても笑っても工藤遥卒業まであとワンクールです。イベントが次から次へと発表されて予定はパンパン財布はスッカラカン、お祭り感が出て参りました。祭りだ祭りだー!金は気にすんなよ借りてきてたから!飲め飲めー!

この辺までくればさすがの俺も少しは感傷的になるかと思ってましたが、自分でもびっくり、これっぽっちも泣ける気がしません。むしろお祭り気分です。感傷的なブログは他の方に任せて、俺は俺が書けそうなことを淡々と書いていきたいと思っております。

 

明日からの工藤遥ラスト秋ツアー、ラストシングル発売に向けて内臓の調整に入ります。さーて!今年の秋冬は内臓壊れるまで飲むぞー!オー!